時の輪舞・第三章

第三章:沈黙の谷に、変容の灯がともる

山を越えた愚者は、ふと立ち止まった。
空は深く、風は途絶え、鳥さえも静かだった。

そこには一本の木が立っていた。
その枝から、誰かが吊るされていた。
それは「吊るされた男」。けれど彼は、苦しそうには見えなかった。
「動かないことが、世界を動かすことになるのさ」と彼は言った。
愚者は目を凝らす。
その瞳には、逆さまの景色――見慣れたものの“裏側”が映っていた。

「止まることは、敗北ではないよ。新しい視点への贈り物なんだ。」
その言葉が風になって、愚者の胸をやさしく叩いた。

やがてその木は枯れ、季節が変わった。
地の底から冷たい気配が立ちのぼる。
そこにいたのは「死神」。
黒衣の裾が風に揺れ、鎌が月光を反射していた。

「終わることを恐れてはいけないよ。終わりとは、始まりの形をした種子だから。」
愚者は何かを失い、何かに別れを告げた。
泣いた。けれど、それは静かであたたかい涙だった。

そして、「節制」のもとにたどり着く。
泉と炎が隣り合い、水と酒が混ざり合う。
天使の姿で現れた彼女は、言った。
「極端に揺れ動いた魂は、今、調和の真ん中に帰ろうとしている。」
愚者は気づいた。破壊の中にも、美しいバランスは宿っているのだと。

その先には、「悪魔」が待っていた。
しばられた者たち、渇望に染まった手。
けれど、悪魔は言う。「この鎖をつけているのは、君自身だ。」
愚者は立ち尽くす。
その誘惑は心地よく、甘く、安らぎに見えた。
でも彼は、震えながらも、鎖を見つめた。
選ぶべきは“逃げ道”ではない。“向き合う道”なのだ。

そしてついに、空が裂ける。
雷が轟き、「塔」が崩れ落ちていく。
愚者は、何もできなかった。
積み上げてきた思い、信じていた形、守ろうとしていた場所——
それらが粉々になって、大地に散っていく。

でもその瞬間、彼は見た。
その瓦礫の隙間から、小さな光が生まれていることを。
「何かを壊すことが、何かを生き返らせることになる。」

愚者は、崩れ落ちた塔の前で立ち尽くす。
そして静かに、深く呼吸をした。

彼の中には今、確かな沈黙がある。
それは、変容の前触れ。
そして、再生の灯火。

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この章が語るものは終わりました──でも、旅路の扉はまだ開かれています。

読んでくれたあなたに、良いことがありますように。