アルカナ巡礼記・時の輪舞

はじまりの風、無垢の背中

風が吹いていた。世界の端に近い場所。
そこに、名もなき旅人が立っていた。

彼は「愚者」と呼ばれていた。
地図は持っていなかった。
けれど、空のかたちと風のにおいを信じる力だけは、誰よりも持っていた。

彼のポケットには、小さな白い袋がひとつ。
その中には、まだ誰にも知られていない希望が入っていた。
それを持って、彼は今日、見えない扉の向こうへと歩き出す。

その足元には、まだ名前のない道が伸びている。
道はまっすぐでも曲がってもいない。
それは、彼自身が歩くことで形になるものだった。

しばらく歩くと、空気が変わった。
風が「ひらいてごらん」と言う。
彼が見下ろすと、地面に22枚の扉が並んでいた。

それらはカードと呼ばれていた。
それぞれが、世界のしくみと、心のかたちを語っていた。

愚者は一枚ずつ手に取った。
するとその瞬間、物語が始まった。
言葉ではなく、象徴のかたちで。
音ではなく、沈黙の奥で。

その物語は、彼の旅路と共に描かれていく。
そして、誰かの胸の中にも刻まれていく。

この物語を読むあなたの中にも、きっと愚者は棲んでいる。
その愚者は、過去を恐れず、未来を急がず、ただ「今」を信じて歩く存在。

さあ、ページをめくってごらん。
物語が始まる。風と足音だけを味方にした、魂の旅が――

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この章が語るものは終わりました──でも、旅路の扉はまだ開かれています。

読んでくれたあなたに、良いことがありますように。